pikaの雑記

とある学習院大生のブログ

中卒ニートや高校中退者に未来はあるか

僕は自分のことを一々”中卒”であったと言っている。

しかし、実際には中学卒業後、どの高校にも進学しなかったという訳ではないし、入学辞退をしたわけでもない。要するに高校中退である

 

 

それは本当の意味での中卒ではないかもしれないが、せっかく入った高校も中途退学してしまっているので、当時の最終学歴は中卒。だから敢えて僕は自分のことを中卒であったと表現しているのだ。

 

 

僕が高校を中退した理由は、いわゆる精神病(統合失調症や対人恐怖症)にあったのだが、そもそも僕は高校の授業に一度も出たことがなく、要するに進級するための出席日数が足りないため、そのまま在学し続けると、”高校で留年してしまう”という事態になりかねなかったのだ。

僕はそれが嫌だったから、当時の高校をさっさと中退したわけだ。

 

 

 さて、そんなわけで高校を中退したのだが、世の中には素敵なシステムが存在する。

それは、高卒認定試験というものだ。

 

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 これにより、大学入試を受ける条件を満たすことができるので、高校中退者、中卒者でも大学に入学できるわけだ。(もちろん大学に合格すればの話だが)

 

 

さて、中卒と言っても、その実情は人によって大きく異なる。

大きく分けて以下の3パターンだろうか。

  1. 自らの意思で中卒という道を選択した。
  2. 頭の悪い、または不真面目な高校を中退した。
  3. 頭のいい、または真面目な高校を中退した。
 
1については、当人の事情や考えがあるのだろう。僕が言及することもない。
次に2についてだが、これは、世間的に「不良」や「ヤンキー」といったものに分類されるのだろうか。大抵こういった人たちは大学に行かず、そのまま就職することが多い気がする。
 
 
そして、問題は3である。僕の入学した高校は必ずしも頭がいいとは言えないかもしれないが、高校の偏差値は少なくとも60を超えているので、こちらに分類させていただく。
こういった人たちは、勉強はできる(できた)が、本人が社会に馴染めない特性だったり、高校というシステムに馴染めなかったことを理由に高校を中退してしまった例が多い。(僕の知り合いの高校中退者も、こんな感じであった。)
 
大抵、この人たちは(自分含め)、大学を目指す。
本人が社会的に不適合だったとしても、世の中とは容易いものだ。大学入試に合格さえすれば、晴れて大学生なのである
 
 
 
ネットで「高校中退 大学」などと検索をかければ、高校中退から慶應や早稲田に進学したという事例がいくつかヒットする。
そう、高校を中退したとしても、有名大学に通うことのできる世の中なのだ。極端に言えば、高校の厳しい校則や束縛に従うことなく、自由な大学生になることができるのだ。
実際僕自身も、高校を中退して、早慶レベルには一歩二歩劣るかもしれないが、今、学習院大学に通っている。
チョロい世の中だ。
 
 
 
今後就職の際に、高校中退という傷跡がどう影響するかは分からない。だが、ただの高校中退者よりかは、絶対に有名な大学を卒業していたほうが就職は有利な筈。
 
僕の場合、形式上3浪であるので、自分が大学に馴染めるかといった問題もあったが、確実に大学生になって良かったと感じている。
 
 
高校を中退したのならば早く大学受験を考えたほうが自分の将来に直結するだろうし、仮に偏差値がそう高くない高校を中退したとしても、勉強すること自体は誰だっていつでもできる。勿論、有名大学に合格できるまでの学力に到達できるかは別問題であるが、もし、自分が今そのレベルに達していないのならば、勉強しないことには到達できるはずがない。
 
 
 
中卒ニートにも未来はある。
むしろ、未来があるということにすら気付かず、行動すら起こさないからこそ、中卒ニートに問題があると思う。
 
 
努力が必ずしも報われる?そんな生温い世の中ではない。
勉強したところで、ダメな奴はとことんダメだ。
 
僕だったら、何がダメなのかその原因を徹底的に追究する。
 
知能指数だとか、地頭だとか、そんなものは恐らく関係ない。
僕自身、小学生の頃にIQテストをしてみたら、100を下回っていた覚えがある。
しかし、世間的に有名だとされている大学にこそ入ることはできた。
 
 
 
頭が悪いから、才能がないからと言って最初から諦めて何もしない人間が僕は嫌いだ。
そういう人こそが本物の人間の屑だと僕は思う。
 
 
 
まあ、こんなところか
何やら、高校中退者へ向けた啓発っぽい文章となってしまったが、言いたいことを言った気分だ。