pikaの雑記

とある学習院大生のブログ

中卒ニートという社会の底辺を彷徨って

僕は高校を中退した。

僕が入学した高校は、地元でそこそこ進学校と言われる程度であり、謂わば「なんちゃって進学校」だ。

しかし、高校を中退してしまえば、その時点での最終学歴は中卒

それでいて、自宅に引きこもっていたのならば、所謂中卒ニートの完成だ。

 

 

──中卒ニート

社会的には最底辺扱いであろうか。そんな状態で僕は実に4年以上の月日を過ごした。(4年とはあくまでも高卒認定取得時までの期間であり、浪人時を合わせるとニートに当たる期間は更にそれよりも長い

 

 

 

僕がかつてニートだった頃、ある人から、逆に「いいな~」と言われたことがある。

その理由は、働かずに食っていけて、なおかつ一日中PCに面と向かっていられるからだとのこと。

 

 

…そんなことを平然と言えるとは頭のおめでたい奴だ。と僕は思う。

まず、中卒ニートという劣等感に日々苦しめられ、そして何より、親が死んだらどうやって生きていけばいいのだろうか?

今でこそ、肉体労働系の仕事であれば就職先はどこにでもあるのかもしれない。だが、僕は体力に乏しく、そして何より僕は大学に行くのが当たり前だと思っており、特に自分が肉体労働に従事することはないと思っていた。

 

 

中卒ニートの分際で、よくもまあ贅沢な考えを持っていたものだ。

親に頼み込み、家庭教師やネット授業などの手配をしてもらったこともある。しかし、自分の家はそう金持ちではなく、一週間に1,2コマ程度しか入れられず、それだけに勉強を頼るのは、普通に高校に通っている人に比べてとても無理があった。

 

 

「自分で勉強すればよかったじゃないか。」という声が聞こえる。

確かに、自分で勉強すれば、形式的には3浪で大学に入ることは無かったかもしれない。

しかし、つくづく都合の悪いことに、僕は元々勉強が大の嫌いで。小中学生の頃は塾に通わされていたが、塾から出された宿題をこなしたことは一切無く、塾の先生からは常に怒られてばかりいた。

中学校でも、課題や提出物を殆ど出さなかったことにより、内申点が、そう高くなかった覚えもある。

  

 

 

 

僕は救いようの無い奴だった。仮に僕が何の才能もない奴だったとしたらそのまま中卒ニートのまま人生を終えることとなっていたかもしれない。

 

 

…だが僕は現に中卒ニートではない。

いや、大学生という御身分で社会復帰をしたと自称するのもよろしくないかもしれない。いや、そもそも仮に今僕は大学を中退したら、最終学歴は中卒…ではないが高卒認定の効果により、それでも高卒だ。

とはいえ、今の自分は少なくとも社会の底辺ではない。(と思う)

 

 

大学一年次に同じ大学の周りの人とつるんでて第一に感じた。

高校に行かず、自宅に閉じこもっていたことが、どれだけ周囲の人に対し精神的発達や社会的経験に遅れをとる行為であったか。

まあ、後悔したところで失われた時間は戻ってこないし、人生やり直しもきかない。

 

 

大学を卒業し、僕は院に進学するつもりであるが、その後の人生はどういうものであろうか。

かつて何年もニートであったような人間を雇う企業など存在するだろうか。

ニートを脱しても、残されたのは課題だらけ。

大学在学中に、僕は何ができるのか。やってみたいことには何でも手を出してみたい。

このブログを始めた理由も究極的にはそういう理由だ。